空間。
受付は店長さんだったから今日は店長さんが切ってくれるのかな?
この前はマネジメントの話をしたっけな。
席を案内され、担当はあの人だった。
あの人とは、1度だけ担当で髪を切ってくれた人である。
物静かな印象で、年齢は40歳くらいだろうか…切れ長の目で、私の様子をよく観察しており、それをポジティブに返してくれたので、私はとても印象に残っていた。
いつも私は会話をする中で、大体こんな反応くるだろうと予測しながら進めていく。
しかし、その人と話すと会話のペースがちょっと狂ってしまう…。
私自身、普段から褒められ慣れていないので、普通に褒められてしまうとドキドキしてしまう。
前回、そのような気持ちになってしまい、もっとお話したいなあという気持ち半分、見透かされそうで怖さが半分あり、結局指名できずに1年が経過していた。
シャンプー台に乗り、お会計を現金かカードか聞かれる。
あ、そうか…もう21時を過ぎているからレジを締めるのか。現金でわちゃわちゃするのも忙しないよな、と思い、
「カードでお願いします。」と返答する。
髪の毛に指先がするりと入り込む。
普段なんて話に夢中になって、全然シャンプーの手技がどうこうという意識がいかない。
髪の毛が洗われる流れが、髪の毛や皮膚を通じて伝わってくる。
…あれ、私はこの指先にうっとりしてしまい、言葉を発していないことに気づく。
それと同時に、うっとりする自分が何だか恥ずかしくなってしまった。
顔が覆われていて良かったと、心底安心し、洗われる間に意識を戻すことに集中した。
ただのカットだからそんなに時間もかからない。
いつものように、他の美容師さんに話すような他愛もない話をする。
「髪、すごく傷んでいますね。」
そう言われ、またドキッとした。
髪の事はよくわからないけれど、聞かれたようなパーマはしていない。
穏便にストレスですね…なんて話をし、この間起きた笑い話をし始めた。
この話は誰でもよく笑ってくれるから、ある種私の中では鉄板ネタどある。
「やっぱり関西の人の話は面白いな。テンポが良い。この話を聞いていたい。」
見てくれに自身がない分、会話術を褒めてくれるのは嬉しく、私は嬉しくなった。
でもなんか急に言われると、またドキッとするからやめて欲しい…。
「そうですかね。こんなネタならいくらでもありますよ(笑)。」
と、笑いながらふとあたりを見ますと、2人きりの空間になっていた。
2人の空間であることを意識しちゃダメだ…。
少し身体が敏感に反応している。
「こういう話はね、昼間じゃダメだね…夜じゃなきゃ!夜のこの時間に、仕事の終わりに聞きたい話だね。」
今までで一番声のトーンが大きく、そういうものだよ、と教えられている感覚に襲われた。
これがこの人のテクニックなのだろうか。
「そうですかねー。ストレス解消になったなら光栄です。」
恥ずかしくて視線が合わせられない。
鏡ごしに目を見るとなんかアウトな気がした。
意識しないよう、でも次は指名してみようか(ビジネスとしては上手くハメられている)…そんな風に思いながら、極めて冷静を振る舞ってレジで精算をした。
向こうはただのお客のひとりで、私が勝手に意識しているだけなんだよね。
そうそう、そうに違いない。
でもさ、この距離感なんかダメだ。
なんでこの距離感なの?