僕の変身願望⑥〜ささやかな期待〜
やり取りを始めた頃、僕は高校生だったけれども、今は立派な大人だ。
年上だからとお姉さんに全てご馳走になるのは良くないと、半分出させてもらった。
楽しい時間とは本当にあっという間に過ぎるようで、お店に入る前と後での空気は変わり、汗ばむくらいだったのに、お店を出る頃には肌を切るような空気に変容していた。
お姉さんは手を少しこすらせながら言う。
「寒くなってよねー。そのうち日本は四季がなくなるのかもね。あのさ、天気の子見た?」
「ああ、僕見ました。なんというか…10代に見ていたら僕は新海さんの世界にはまっていただろうなって。」
「私もー。あんな風にさ、大人を差し置いて非現実的なものを信じるって若いからこそのエネルギーだよね。あれ見てて、私は知らない間に人の感情よりも無条件に規律で反応する大人側になったんだなって、少し寂しくなっちゃった…。」
「…。」
「あとねー、あの人すごいと感じたのはさ、世代間のギャップなんだよ。大人は…私もだけれど四季があるのを当たり前で、それで異常とかいってるでしょ。もう遅いんだよ、四季なんてとっくに壊れちゃってるのに…でも今の若い人たちはそれが当たり前になってんのよ。四季なんて良くわからないけど、春とは花粉が飛んで一瞬で桜が散って、夏は熱中症になる程めちゃくちゃ暑くて、午後にはゲリラに襲われるか否か、そして一瞬にして葉っぱは散ってしまうのが秋、15度を下回る日が続くと冬かな…みたいなね。」
「…なるほど…。僕たちの時代との価値観は変わりますよね。」
「じっと見ていれば四季の変化はあるかもしれないの。でも、今の人達はそんなもの、じっくりみないでしょ?木々の葉っぱの移り変わりより、いいねの数だよ。虫の鳴き声より、イヤホンジャックから流れる音楽に心を奪われているよ。」
「…。確かに…僕も待ち合わせをしている間、ずっとイヤホンの世界でした。」
ーやっぱりお姉さんだ。僕はこんな感性を表現をすることはできない。でもお姉さんの感性が僕は大好きだ…って言えないけれど。
「ね、そんなもんなんだよ。私も来るまでずっとスマホ見てた。遅刻しそうだったから。」
お姉さんはケタケタ笑う。
お姉さんは153センチくらいなのかなあと僕はぼんやり眺める。
「見る視点を変えれば、世界はグンと変わるし、不思議なものになるの。未知の世界ってやつね。Googleで自分が調べるまで分からない世界ってあったでしょ?アレみたいに。」
ー今度は含みを持たせた笑いだ。
「そ、そうですね。」
ーお姉さんはお姉さんの域を越えない。やっぱり僕はそういう存在なのかな…?
「あのさー、まだ時間ある?」
ー唐突だ。
「終電で帰れば問題ないです。」
「終電は何時なの?」
「駅に0時5分にいれば帰れますかね。」
「そっか。じゃ、ホテルでお話しよっか。私出張でこの近くに宿を取ってるの。」
ーえっ。何この展開。えっ、僕のアレ、もしかして…?
「あ、はい。大丈夫です。」
努めてニュートラルな声のトーンで答えた。
お姉さんは視線を合わせず、こっちと指さして、どうでもいいような話をしていた。
どうでもいいというのは語弊であるが、僕の頭の中ではそれどころではなかった。
お姉さんのスカートの下から見えるパンストに、何の話か分からないけれどその声に、僕は釘付けになっていた。
歩くたびにスカートの裾が持ち上がり、パンストの面積が外部へお目見えする露出が増える。
ーどんな匂いがするのだろう…足裏を押し付けられたりするのかな…。
でも期待しちゃいけない。
今さっきだって、期待を裏切られたばかりだ。
エレベーターの中で、176センチの僕を見上げながらお姉さんは言う。
「あのさ、言っとくけどゼンタイなんか持ってきてないからね。」
ーほら、期待しちゃいけないんだ。
考えてみろ、いくらやり取りが長いからといっても初対面だし、明日は月曜日だ。
僕と僕の息子にそう言い聞かせる。
『明日は月曜日だ!!!』
「あ、もちろんです。明日は月曜日ですし。お互い体力温存しとかないと。」
「そうだよ。明日は月曜日だね。」
お姉さんはにっこり微笑む。
ビジネスホテルの708号室へ通される。
再び、僕と僕の息子にそう言い聞かせる。
『明日は月曜日だ!!!!』